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第36回 『こなもん屋馬子(うまこ)』に桃源郷を思う
コナモンという大阪の言葉がある。コナというのは、小麦粉の粉の意味だ。小麦粉を使っているからと言って、ラーメン、ソーメン、パスタにパンもコナモンかというと、ちょっと首を傾げたくなる。
すぐに思い浮かぶのは、タコ焼き、お好み焼き、焼きそばくらいだろうか。いってみれば、大阪のB級グルメだ。
田中啓文の『こなもん屋馬子(うまこ)』(実業之日本社)は、大阪のコナモンをテーマにしたスラプスティック風のグルメ小説集だ。お好み焼き、タコ焼き、うどんなど、それぞれの店が出てくる。
店主の芸名は蘇我家馬子(そがのやうまこ)、本名は西川馬子。年齢は不詳、ぜい肉が両方の横腹からたれさがっている。巨乳だが、全体に太り過ぎているので、目立たない。強(きつ)めにかけたパーマに男のような太い声。つまり典型的な「大阪のおばはん」そのものだ。
著者に言わせれば、お好み焼きで最も美味しいのは豚玉なのだという。それは定理であり、公式であり、真理だという。このおばはんが作る豚玉の味がいい。
お好み焼きは単純な食べ物に見えるがその奥は深い。最初に油を薄く敷き豚肉を焼く。生地の上に豚肉を載せる方法もあるが、著者は採らない。豚肉から出た脂がお好み焼きの全体を包むように仕上がるからだ。肉の焦げた香ばしい香りももちろん味のうちだ。
そこに千切りのキャベツとメリケン粉、全卵、すりおろした山芋を出汁(だし)で溶いて適当な形に広げる。天かす、干しエビ、紅ショウガにスルメやコンニャクをサイコロ状に切って入れる店もある。細かくきざんだタクアンやキュウリの醤油漬けを入れて食感を複雑にする工夫もある。
キャベツもフードプロセッサーを使ってみじん切りにする店もあるが、キャベツとキャベツが絡み合うことで、お好み焼きの「土台」がしっかりする、と著者は説く。つまり「手切り」が好みだ。天かすや干しエビを最初から生地に溶くか、焼き上がるのを待って、上から振りかけるかという選択もある。
焼き方にも工夫と好みがある。生地が焼けてきたら、コテをふたつ使って引っくり返す。いったん引っくり返したら、コテでぺたぺた叩かないのが常道とされる。空気が抜けてぺしゃんこになるからだが、余分な空気を抜くという考え方もある。
まあ、しょせんお好み焼きに代表されるコナモンは、そう細かいデティールに執着して食べるものではない。ざっかけない食べ物であって、店主の執着を有難がるものでもない。自分の好みで気楽に食べればいいだけのことだ。値段だって、そう高いものではない。だからこそなのだが、どうでもいいことに薀蓄が述べられると面白いのだ。
小説はお好み焼きやたこ焼きなど、コナモンの店を舞台にして、お客と店主の馬子のあいだにミステリアスなドラマが生まれ、解決する。コナモンに惹かれてくる客の素性はわからないが、常連客にはそれぞれの隠された過去や秘密があるものだ。大阪の土地勘があればあるほど興味が湧いてくるだろう。
ところで不思議なことに、いずれの店もしばらく経ってから再訪してみると、見つからない。あの美味しかったコナモンの味をもう一度確かめてみたいと思っても、店の痕跡すらなくなっている。どこへ行ったのか、周囲の人に聞いてもわからない。
中国の詩人、陶淵明の「桃花源記」が裏にある。
漁師は渓谷で棹を操っているうちに方向を間違え、桃の林に迷い込む。綺麗な田んぼに池があり、桑の木や竹林のそばで鶏や犬の鳴き声が聞こえる。酒や鶏肉で漁師を歓待してくれた村人たちは長い間、世間と隔絶して暮らしている、と説明した。
この土地のことは、人には言わないで欲しいと固く口止めをして漁師を送り届ける。漁師は渓谷に印をつけて村に戻る。村役人とともに再び訪ねるが、その桃源郷を見つけることはできなかった。
各地にある「浦島太郎伝説」と共通している点が多い。
桃源郷とコナモンの店では、そのスケールと美意識に大きな隔たりがあるようにも思えるが、大阪のおばはん、馬子が作るコナモンの味も食べる人によっては、桃の花が咲き乱れる桃源郷なのだろう。
自分の趣味に合ったコナモンを食べる瞬間こそが、桃源郷に佇んだ一瞬に匹敵する恍惚に違いない。
2011年12月14日水曜日
連載ネッセイ=NET ESSAY
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