






第37回 ワインを表現する言葉は、難しいけれども楽しい
ボジョレー・ヌーボウが日本のワイン普及に果たした役割は計り知れない。クリスマスを迎えるこれからは、スパークリングワインだ。シャンパーニュと言いたいところだが、シャンパーニュという名前は、簡単には使えない。
フランスのシャンパーニュ地方の限られた畑の限られた品種のブドウを用い、限られた製法で作られた発砲ワインということになろうか。要はワイン界の貴族みたいなもので、気位が高い。
世界のワイン事情が変わりつつあることを教えてくれる本が出た。柳忠之さんと石田博さんが描いた『輸入元推薦の1500本徹底試飲! ハズレなし!! お値打ちワイン厳選301本』(講談社)という長くて、スーパーマーケットのチラシ広告みたいな書名だが、読んでみると、新しく的確な情報がある。
柳さんは、世界中のワイン産地を訪ねること20年の取材歴を誇る日本を代表するワインジャーナリストで、一方の石田博さんは、2000年にモントリオールで開かれた第10回世界ソムリエコンクールで3位に入賞したやはり日本を代表するソムリエだ。
二人で1500本のワインを試飲して301本のバリュー(お値打ち)ワインを選んだ。
だから、ワインカタログとしての使い方があるのは当然で、ワインを買うとき役にたつ実用性があることは言うまでもない。価格帯も2000円以下の「売れ筋」から、高くても6000円までと常識的なところにおさまっている。
しかし、面白いのは二人のワイン選びのコメントだ。
石田さんが、「日本人は、ピノ・ノワールが好きだが、普段は、ピノ・ノワールにぴったり合う食事を取る事は少ない」と指摘すると、柳さんが、「いつも牛頬肉の煮込みを食べているわけでは、有りませんから」と応じる。
石田さんによれば、「最近の料理はハーブやスパイスをたくさん使う傾向にあるので、白ならソーヴィニヨン・ブラン、赤ならシラーが好まれる」と分析している。
二人が迷ったのは、最近よく聞く「自然派ワイン」なる言葉だ。ワインは農産物だから、原料であるブドウを生産する過程で、ビオロジック(有機)栽培を標榜するのは、なんの問題もない。さらに熱烈になると、ビオディナミ農法を唱える一派が存在する。畑の生命力を活性化するために、天体の運行に合わせて農作業を行う。牛の角に詰めた牛糞や水晶を畑に撒いたりする。どこまで科学的に立証できるのか、つい首を傾(かし)げたくなる。
ブドウに限らず、殺虫剤や除草剤などの農薬や化学肥料を使わない農法は安全で環境にも優しいとはいえるが、「美味しい」かどうかは、別の次元の話だ。
さらに醸造の過程で、「自然派」は酸化防止剤の使用を制限したり、まったく使わないこともある。しかし不衛生な環境で醸造されると、一般に不快と感じる腐敗酵母臭や還元臭が生じる危険がある。
しかし、「自然派」の信奉者のなかには、これこそが本物のワインの味だと主張する人たちもいるからややこしい。
こうなると、もう一種の宗教の世界で、「農薬を使っていないから美味しい」と信じこんでいるのだ。「美味しさ」とは個人の主観の問題だから、「農薬や化学肥料を使用していない作物なので、美味しい」ということを五官で感知できるのか、という問題になる。
多くの人は「農薬などを使用していないので、多分美味しいに違いない」という、思い込みなのではあるまいか。
医学の臨床実験で、「偽薬(プラセボ)効果」というのがある。まったく薬効が無くても、これは「利く薬ですよ」といって飲ませると効能が現れる場合がある。極端なケースでは、偽の手術を行うことさえあるそうだ。「逆プラセボ効果」ともいうべき傾向と風潮があるのではないか。
最近は、インド産のワインも輸入されており、本書でも取り上げられている。シリコンヴァレーへ進出したインド人がカリフォルニアワインの洗礼を受け、21世紀になって急速に進歩した。
数年前、インド産のワインを飲んだ時、友人たちと「カレーの香りがする」とジョークを飛ばしたものだが、シラーズから作られたワインは、柳さんによると、「カレーのようなスパイシーさが衝撃的で、思わずタンドリーチキンが食べたくなる」そうだ。
ワインは料理とともに楽しむものだが、石田さんは、「料理に合わせてグラスを選んでみたら」と、アドバイスする。「軽めの料理には、底の鋭角なグラス、重めの料理には広くゆったりしたグラス」がいいのだという。どんなワインでも、グラスによって強調される香りが決まってしまうから、ワインと料理のバランスが崩れないそうだ。
また赤ワインは、カラフェに移し替えることを勧めている。思い切って、いろいろと自分で試みることが大切だし、ワインを飲む楽しみでもある。
たかが、カタログと侮(あなど)ってはいけない。ワインに興味を抱くようになること必定の奥行きのある書だ。
2011年12月21日水曜日
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